犬の会陰ヘルニア
ヘルニアとは、組織がもともと存在している場所から、その周囲の弱い部分や隙間を抜けて、飛び出してしまう病気の総称です。隙間部分の穴をヘルニア孔と言います。会陰ヘルニアとは、肛門周囲の筋肉群が萎縮し、それらの結合が緩くなるため、骨盤内の組織(脂肪組織、前立腺、膀胱、腸管、子宮)がヘルニア孔を通り、肛門の周囲、皮膚の下に飛び出してしまう病態のことを指します。
ただ、病名からは病気のイメージを想像しづらいようです。会陰部とは肛門から生殖器の間を指しますが、この病気では、会陰部というより、肛門の周りが膨らむ様子が見られます。それを理由に来院される場合もあります。ただ、来院理由のほとんどは、飛び出した組織による症状ではなく、排便困難です。(もちろん、膀胱や小腸、子宮などがヘルニア孔から突出すると、排尿困難や嘔吐、疼痛などを訴えることもありますが、今回は排便困難に焦点を当てたお話をします。)なぜなら、この病気の原因となっている萎縮した筋肉群は、直腸や肛門を支えている筋肉だからです。排便のしづらさ、便の停滞、それを出そうとする力みの悪循環によって、腸が薄くなり、その機能が低下し、粘膜が損傷を受ける、それらが繰り返されることで、より病状が進行します。
この病気の多くは、中年以降の未去勢犬に見られます。発症に性ホルモンとの関連が疑われるため、きちんとした裏付けはないものの、若齢期に予防的な去勢手術を勧められることもあります。本院では、病気の予防を目的とした去勢手術を勧めていませんが、中年以降に見られる前立腺腫大との関連については裏づけがあることから、会陰ヘルニアに対する手術を行う際には、同時に去勢手術を行います。
治療は、構造的な変化が引き起こす病気のため、外科手術しかありません。また、その目標は、ヘルニア孔を塞ぐだけではなく、排便困難を改善させることです。ただ、様々な手術方法が提案されており、各施設によって選択される方法が異なっています。術後の再発が比較的多い病気であること、中高齢での発症のため手術のリスクや負担についても検討しなければならないことなど、その実施にはご家族の理解が必要になります。
実際は、便を軟らかくする薬だけで管理可能なワンちゃんもいるため、本院では、排便困難の頻度や程度、それに伴う全身的なダメージなどから、手術の必要性についてご家族と相談します。そして、術前の全身評価とリスク評価、予後の予測、それらへの対応を検討した上で実施します。私が基本的に採用している手術は、開腹による臓器の牽引固定、ヘルニア孔を人工物であるソフトメッシュで覆う、肛門の一部を切開するという方法を選択しています。しかし、開腹手術は侵襲が高くなること、人工物に対し、少数ですが合わないワンちゃんがいること、肛門切開が教科書に載っていないこと、などが欠点です。