犬の前立腺疾患(腫瘍を除く)
前立腺は、下腹部にあり、膀胱の後方に位置し、尿道の一部を包む様に存在しています。精液の大部分は、前立腺の腺組織から分泌されています。精液の分泌や放出をつかさどる機能から、副生殖腺と呼ばれます。 その機能は性成熟にともなって発達し、組織は加齢とともに増大していきます。そして、より高齢になるに従い退化し、萎縮傾向を示します。 前立腺は雄の生殖器であることから、その病気は、雄特有の病気ということになります。前立腺疾患の多くは、加齢に伴う前立腺の過形成(前立腺肥大)に伴って起こります。そのため、中年以降の疾患という認識が一般的です。しかし、若くても前立腺に問題を抱えるケースは、経験されます。前立腺の主な病気として、前立腺嚢胞、前立腺炎、前立腺膿瘍があげられます。 かかりつけ医による病気の診断は、症状、直腸からの触診、超音波検査、尿検査、(精液検査)、エックス線検査などによって、総合的に評価します。特に、前立腺腫瘍との鑑別は、病状が重複することも多いため、慎重に行う必要があるでしょう。 前立腺の病気に対する、主な治療法は、去勢手術です。手術により、前立腺の縮小が期待されます。手術が難しい場合は、内服薬によるホルモン治療を行うことがありますが、効果の持続する期間が限定されることや、感染症のコントロールが難しくなる、などの欠点があります。しかし、どちらの治療も、前立腺の腫瘍に対しては、効果がありません。 前立腺の病気を予防するため、性成熟前に去勢手術をするという考え方もあるでしょう。ただ、個人的には、その予防効果のみを前面に出して、手術を勧めることはしていません。
犬の前立腺は、外側(直腸の方)に向かって肥大していくことが多いため、排尿よりも、排便時に異常が認められます。例えば、排便時の過剰な力み、いつもより細い便をする、などの症状が見られます。 前立腺の肥大に伴い、前立腺内に、一つ以上の嚢胞(液体の貯留した袋)が形成された状態を、前立腺嚢胞と言います。嚢胞内には分泌液が貯留しており、その周囲の微小な血管から出血することで、血液混じりの分泌物が尿道へ排泄されます。訴えを伴わない血尿、陰茎周囲に血液の付着が認められる、などの症状が見られる場合や、寝ている場所や床に血液が落ちていることで気がつく場合もあります。その成り立ちは異なりますが、前立腺の中ではなく、周囲に嚢胞を形成する前立腺周囲嚢胞という病気もあります。
通常、下部の泌尿器(膀胱、前立腺、尿道)では、尿の流れや尿道の圧、前立腺液の殺菌作用、粘膜の免疫などによって、細菌の感染を防いでいます。しかし、前立腺肥大や嚢胞が存在すると、感染が起こりやすい状態になります。前立腺に細菌が感染し、前立腺炎が起きた場合には、下腹部の違和感や疼痛の訴え、排便や排尿時の痛み、血尿などの症状が見られます。炎症がより重度な場合には、背中を丸め、お腹を抱え込む様な姿勢や、後躯がふらつく様な歩行が見られるでしょう。対する治療は、適切に選択された抗生剤の、長期投与です。 また、嚢胞内に膿が貯留する、前立腺膿瘍という、より重篤な状態に陥ると、全身に炎症が波及し、食欲や元気がなくなります。こうなってしまうと、去勢手術だけではなく、前立腺そのものに対する手術が必要です。しかし、前立腺膿瘍の場合、その予後が良くないことも多いでしょう。